春の夜に、グラスを傾ける理由
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春は、終わりと始まりが同じ顔をしている季節だと思う。
桜が咲き始めるころ、街はなんとなく浮き足立っている。新しいスーツを着た人、引っ越しのトラックを見送る人、改札口で何度も振り返る人。それぞれの「節目」が、同じ風景の中に重なっている。
別れは、突然やってくるわけじゃない。日付がはっきり決まっているから、むしろじわじわと近づいてくる。最後の会議、最後の昼ごはん、最後の「おつかれ」。そのひとつひとつを、少しずつ心に収めながら、当日を迎える。
送別会の夜、席が終わって外に出たとき、ふと空気が違うことに気づく。うるさかった居酒屋を出た直後の静けさ、ではない。なんというか、これまで当たり前だった「日常」が、すでに過去になっていることへの静けさ、だと思う。
そういう夜に飲むワインは、賑やかな席のものとは少し違う。
誰かとの別れを惜しむ夜に似合うのは、華やかさよりも、深みのあるワインだと私は思っている。口に含んだとき、すぐに答えを出さない。時間をかけて、ゆっくりと広がってくる。そういうワインが、別れの夜には寄り添ってくれる。
泣くわけじゃない。笑って「またどこかで」と言えるくらいには大人だ。でも、グラスを傾けながら、「この人と同じ職場にいた時間は、本当に良かったな」と、静かに思う瞬間がある。ワインはそういう感情を、言葉にしなくてもいいように守ってくれる気がする。
別れの夜に
Fatalone Gioia del Colle Primitivo Riserva 2022
プーリア州 / プリミティーヴォ100% / ¥4,510(税込)
黒いさくらんぼとプラム、シナモンとカカオのスパイス。2年半以上の熟成を経た、深みと余韻のある赤ワイン。有機農法・バイオダイナミック、ゼロエミッションの生産者が丁寧に造っています。
出会いの春は、また違う顔をしている。
新しい職場、新しいクラス、新しい街。まだ何もわからないから、少し緊張している。でも、その緊張は悪いものじゃない。これから何かが始まる予感が、心の中にある。
歓迎会のグラスは、いつもより少し早く空になる。緊張をほぐそうとしているのか、この場の空気に乗ろうとしているのか。ともかく、初めての人たちと同じテーブルを囲んで飲む最初の一杯は、特別な味がする。
そういう夜に似合うのは、明るくて、入口の広いワインだと思う。難しいことを考えなくていい。飲んだ瞬間に「おいしい」と言える、素直な味。それだけで、隣の知らない人と会話が生まれる。ワインは、そういう役割も担ってくれる。
出会いの夜に
Borgo Antico Conegliano Valdobbiadene Prosecco Superiore Brut Millésimé 2024
ヴェネト州 / グレーラ100% / ¥3,190(税込)
藤の花やアカシア、青リンゴと洋ナシのアロマ。心地よい酸と果実のボリューム感が、初めて会う人との距離をそっと縮めてくれます。
ふと思うのだが、春のワインは「その夜にしか飲めない」という感覚がある。
同じボトルを翌月に開けても、おそらくおいしい。でも、あの送別会の帰り道に飲んだあの一杯、あの歓迎会で緊張しながら飲んだあの一杯と、まったく同じものにはならない。ワインの味は、その場の感情と混ざり合って記憶になる。
だから、節目の夜にはちゃんと選んだ一本を開けてほしいと思う。コンビニのお酒でも、家に余ったビールでも構わない日もある。でも、誰かと別れる夜、新しい自分を始める夜は、少しだけ立ち止まって、グラスに注ぐものを選ぶ時間をつくってほしい。
その選択が、夜の記憶を少しだけ豊かにしてくれると、私は信じている。
春が終われば、夏が来る。別れた人とはいつかどこかで再会して、また一緒に飲む日が来るかもしれない。新しい出会いは、気づけば「当たり前の日常」になっている。
そしてまた来年の春、誰かと別れて、誰かと出会う。
そのたびに、グラスの中に、自分のその時が刻まれていく。それでいいと思う。ワインはそういう時間の積み重ねに、ずっと付き合ってくれるものだから。
Vino dell'Amico では、春の節目に贈りたいワインをセレクトしています。
送別の夜に、新しい出会いの夜に、ぴったりの一本をご提案します。